長崎県佐世保市栄町の地場老舗百貨店「佐世保玉屋」が2026年1月31日午後5時45分から閉店セレモニーを開催、午後6時をもって閉店し106年の歴史に一旦幕をおろした。
佐世保玉屋(2026年1月31日)。
三ヶ町と四ヶ町商店街を結ぶ当地での106年の歴史に幕
佐世保玉屋は1894年に佐賀県小城市牛津町を発祥とする卸問屋「⽥中丸善蔵商店佐世保出張所」として開業。1905年に「田中丸呉服店佐世保支店」に改称、1918年10月に現法人「田中丸呉服店」を設立した。
田中丸呉服店は1920年10月に現在地(佐世保市栄町)に鉄筋造地上4階建の建物を新築したことで、グループ初となる百貨店業態に転換。1941年の分社化を機に「佐世保玉屋」となった。

佐世保玉屋(2024年当時)。
現店舗は1965年4月に新装開業したもので建物は地上9階建、全館の店舗面積は13,363㎡、延床面積は20,120㎡。
最盛期には衣食住から冠婚葬祭まで幅広い需要に対応した本館別館をはじめ、三ヶ町/四ヶ町商店街一帯に高級紳士服ブランド「PAPAS SHOP」「J CREW」路面店や直営飲食店を、高天町に家具インテリア専門館「Lim(玉屋家具サロン)」を展開。三ヶ町/四ヶ町商店街とともに直線距離日本一のアーケード商店街「さるくシティ403(よんまるさん/四ヶ町+田中丸+三ヶ町)」を形成するなど、佐世保市中心部を代表する老舗として確固たる地位を築いた。
一方、2010年代に入ると佐世保市に対する耐震診断結果報告の度重なる遅延や建替再開発計画の相次ぐ延期、関連事業撤退(県内外サテライトショップや食品スーパー、路面店など)がみられるようになった。2020年代には本館低層階への段階的な売場集約に加え、贈答部門(お中元/お歳暮など)及び百貨店催事部門の大幅縮小、友の会「玉屋おたのしみ会」会員募集終了、ポイントサービス「タマヤマイティーポイント」廃止を進めるなど、耐震診断対策や経費削減の取組みを加速。
2023年12月には1階食品館をあなぶき興産系(当時/現イオン系)地場食品スーパー「ジョイフルサン」運営に移行するなど徹底的な効率化を図ったもの、2024年9月の本館1階への売場集約やジョイフルサン撤退が重なり集客力が低迷。2025年6月18日には「栄・湊地区市街地再開発準備組合」解散と閉店撤回を発表、元社員による未払退職金訴訟といった混乱が表面化するに至った。

最終営業日の佐世保玉屋。
佐世保玉屋は2025年12月に改めて「2026年1月31日をもちまして当地での営業を終了」する方針を発表。発表時点では、直営サンドウィッチ店「ラヴィアンローズ」や直営セレクトショップ「ローズエッセンス」、化粧品、銘菓、酒類の販売に特化した店舗となった。

最終営業日の佐世保玉屋。
バラ色の人生で幕をおろした最終営業日
佐世保玉屋では現店舗閉店当日1月31日に田中丸商店創業以来の歴史をまとめた記念紙の配布を実施、ラヴィアンローズではサンドウィッチを求める地元客による長蛇の列が続いた。
佐世保玉屋正面玄関では午後5時45分より百貨店文化ホールや各種記念催事を通じて縁の深かったオペラユニット「THE LEGEND」を迎えた「閉店セレモニー」を開催。
佐世保玉屋。
田中丸弘子佐世保玉屋代表取締役社長は「(閉店セレモニーで披露した)MyWayという曲のように、佐世保玉屋も多くの方々に支えられながら、自分たちなりの歩みを重ねてまいりました」「佐世保玉屋はひとつの区切りを迎えますが、ここで過ごした時間や思い出は皆様のなかでこれからも生き続けていく、一緒に生き続けていくと信じております」とコメント。
田中丸弘子佐世保玉屋代表取締役社長。
閉店を告げる鐘の音とバラ色の人生の音楽にあわせ、午後6時に106年の歴史に一旦幕をおろした。
栄町での106年の歴史に一旦幕をおろす佐世保玉屋。
2月2日にサンドイッチ販売再開、3月に五番街付近に移転
佐世保玉屋は2026年2月2日より本館正面玄関付近でサンドイッチの催事販売を開始、3月を目処に佐世保朝市/させぼ五番街付近の万津町にある関連会社事務所「玉屋商事」社屋に仮店舗として移転新装開業する方針を示している。
田中丸弘子代表取締役社長は「こちらの玄関で玉屋のサンドイッチ、のの字のケーキも販売を続けてまいります」「友の会のチケット、商品券のご利用もしていただける」とコメントしており、佐世保の名物グルメといえるラヴィアンローズのサンドイッチや佐世保玉屋発行の各種商品券(1,000円/釣銭返却なし)は従来通りのかたちで存続することが明らかとなった。
一方、3月を目処に開業予定の万津町仮店舗は新装に向けた準備が閉店時点でみられず、店舗の詳細に関しても「改めてお知らせ」にとどまるなど、依然として不透明な状態にある。
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心斎橋オーパ、2026年1月12日19時閉店-平成ギャルの終わらない青春掲げた営業最終日、若者文化牽引した「OPA旗艦店」31年の歴史に幕
大阪府大阪市中央区の心斎橋駅に直結するイオン系都市型商業施設「心斎橋オーパ」が2026年1月12日午後7時をもって閉店し31年の歴史に幕をおろした。
ダイエー系ファッションビルとして誕生
心斎橋オーパは1994年11月にダイエー系商業不動産ディベロッパー「ダイエー・アゴラ」により開業。1996年9月にアゴラがダイエー系百貨店「十字屋」の業態改革を目的として経営統合、2006年3月にはダイエー再建の一環として新設会社「OPA」運営に移行。
2016年3月にはイオン系ファッションビル部門強化を目的として「イオンリテールビブレ・フォーラス事業部」と経営統合し、2021年3月に現在のイオンモール運営となるなど、親会社の経営戦略見直しにあわせて数度にわたる運営体制の再編が行われた。
心斎橋の若者文化牽引したオーパ
心斎橋オーパ本館の建物は地上11階地下2階建で敷地面積は約2,800㎡、総賃貸面積は約11,200㎡、延床面積は約27,000㎡。
心斎橋オーパは開業当初、コンセプトに「心斎橋・新発光体」を掲げ、源流である百貨店(十字屋)のノウハウを活かしたラグジュアリーブランド「Ferragamo(フェラガモ)」「COACH(コーチ)」を含む専門店108店舗を導入するなど、ダイエーグループ旗艦店としての役割を担った。その後、2000年代からは日本有数の古着専門店「HANJIRO」旗艦店をはじめ、関西初となる「MOUSSY」「EGOIST」といった渋谷系・109系ブランドを導入するなど、若年女性のギャルカルチャーを意識した営業施策に転換。2001年11月に心斎橋パルコ(旧店舗/ロフト主体に刷新)やマイカル心斎橋ビブレといった競合が業態転換や閉店をしたことで、心斎橋のファッションビル1番店としての絶対的地位を確立した。
2016年9月にはイオンモール完全子会社化にともなう営業施策の見直しの一環として、地下2階をコンセプトに「TAMARI-BA」を掲げたオトナ女子向け食物販フロアに刷新。
2020年11月にはデザインコンセプトに「RECORD BOX」を掲げファザードを刷新、同社他施設や競合都市型ファッションビル同様にサブカル系フロアの導入を進めるなど、嗜好の多様化に対応した施設づくりを本格化したが、コロナ禍や競合施設の台頭もあり近年は空きフロアも増加傾向にあった。

心斎橋OPA。
こうした課題を背景として、2024年7月には関西最大級のサバゲームスタジオ「ブレイブポイント」を4階ワンフロアに展開するなど、意欲的な試みも打ち出したが、、建物オーナー(本館:ユナイテッド・アーバン投資法人/きれい館:信託受託者三井住友信託銀行株式会社)との賃貸借契約終了を理由に31年の歴史に幕をおろすこととなった。
2025年秋からは31年の歴史祝うフロアに
心斎橋オーパでは閉店記念イベントとして「青春、エンドレス!!」を掲げたPOP-UP売場開設やノベルティ配布、展示企画を順次開催。2025年10月4日からは2階特設売場で「SHINSAIBASHI OPA 31st HISTORY〜青春とともに、心斎橋オーパ31年の奇跡〜」と題し、オーパの歴代ポスター/販促グッズを交えたファッション/トレンドアイテムの展示を行った。

心斎橋OPAの記念催事。
また、12月26日からは7階ワンフロアを活用するかたちで開業以来オーパの看板ブランドを揃えた「OPA THANKS SALE」を開始。渋谷109系/ギャル文化の代表格であった「EGOIST」「MOUSSY」「SLY」「RODEO CROWNS(WIDE BOWL)」など20ブランドが並ぶなど、まさに青春エンドレスといったフロアとなった。
関西らしい営業最終日に
閉店当日2026年1月12日は祝日で、関西各地で成人式が行われたこともあり、成人式帰りの若年層から最盛期のオーパのショップ店員、訪日外国人観光客に至るまで館内いずれのフロアも賑わいをみせた。
館内6階特設会場では昼過ぎから「SPECIAL LIVE」を開催、HMV BOOKSの特典会/握手会/ライブイベントで常連だったアーティストやパフォーマーの出演や撮影会が行われるなど、同窓会といえる雰囲気を醸し出した。

心斎橋OPAの閉館セレモニー。
来場客を巻きこむかたちで始まった閉館セレモニーには、心斎橋オーパ柴田賢一ゼネラルマネージャーをはじめ地元関係者やブランド関係者が多数参加、柴田賢一GMは「オーパの全盛の2000 年初頭通っていただいたお客様も今や 50代40代になってる」「ランドマークとしてずっとやってこれた」「こんなに愛された商業施設は他にないかと思う」と語るなど関西らしい営業最終日となった。
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高島屋堺店、2026年1月7日19時閉店-名残惜しむ客であふれた営業最終日、跡地に南海電鉄系「HiViE堺東」春以降開業
大阪府堺市堺区の南海電鉄高野線堺東駅に直結する百貨店「高島屋堺店(堺タカシマヤ)」が、2026年1月7日午後7時をもって閉店し61年の歴史に幕をおろした。
堺タカシマヤ、61年の歴史に幕
高島屋堺店は1964年10月に開業。開業当初の建物は地上5階地下2階建で営業フロアは地上5階〜地下1階、店舗面積は10,000㎡だった。高島屋堺店は1984年4月に敷地北側に新館(地上9階地下1階建)を開業し北改札口直結化、同年10月には敷地南側の既存館を専門店街「UP’ル(アップル)」に業態転換することで、百貨店を核とする複合商業施設「堺タカシマヤS.C. 」となった。その後も2016年に耐震改修工事を完了、2020年にも大規模リニューアルを実施するなど、ハード/ソフト両面で集客向上の取組みを継続的に打ち出した。一方、2020年代初頭の感染症拡大を背景に赤字体質に陥っており、契約満了にあわせて2026年1月7日に閉店する方針を決めた。
現在の店舗面積は25,395㎡。高島屋直営フロアを核に、ファストファッション「UNIQLO」、靴量販店「ABC-MART」、100円ショップ「Seria」、複合書店「丸善」といった専門店、地階飲食店街(UP’ル)や各種金融機関、クリニックモール、行政関連施設が入居する。

営業最終日の堺タカシマヤ。
営業最終日は朝から多くの人が訪れ、にぎわいを見せた。一方で閉店式典が行われなかったこともあり食品売り場に客が集まり、ドンクや御座候といった食物販系テナントを中心に1時間を超える行列が生じて営業終了時間を迎えた19時以降も売場や催事フロアに多くの買物客が見られた。
南海電鉄の新商業施設に
高島屋堺店跡は2026年1月7日以降大部分を閉館、南海電鉄系新商業施設「HiViE」として春以降新装開業する予定。一部店舗(飲食店・旅行代理店)が新施設での営業再開を発表しているもの、施設構成は未定となっている。

営業最終日の堺タカシマヤ。
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梅田ロフト、2025年4月30日21時閉店-茶屋町での35年の歴史に幕、ロフトは阪神百貨店に引越し
大阪府大阪市北区茶屋町の大型生活雑貨館「梅田ロフト」が2025年4月30日午後9時をもって閉店した。

梅田ロフト現店舗の閉店記念式典。
若者の街・茶屋町のロフト関西旗艦店
梅田ロフトは1991年4月に日本生命系複合施設「クラレニッセイビル(現JPR梅田ロフトビル)」を全館賃借するかたちで開業。建物は地上8階地下1階建で店舗面積は9,000㎡、営業面積は約5,283㎡。
開業当初は西武セゾングループ中核会社「西武百貨店」運営による日本百貨店協会加盟店舗であり、西武百貨店としては1971年12月開業の心斎橋パルコ店(1991年5月パルコに承継/2011年9月閉店の旧店舗)以来約20年ぶりとなる大阪市中心部への新規出店であった。

西武百貨店大阪市中心部1号店だった心斎橋パルコ旧店舗。
梅田ロフトは開業当初、コンセプトに「生活情報雑貨館」「PLAY IT YOURSELF」を掲げ、直営化粧品・文具雑貨フロアを核にミニシアター「テアトル梅田」や複合書店「ブックセンターリブロ」、レコードショップ「WAVE」といった西武セゾン系専門店を集積。在阪FM局サテライトスタジオ「FM802ロフトステーション」や飲食サービス系店舗を配すなど、若者の街として発展しつつあった茶屋町という立地特性を背景に、発信をキーワードとした館づくりを打ち出していた。

開業当初からのシンボルゾーン「ムービングサウンドロゴ」。
生活情報雑貨館、35年の歴史に一旦幕
梅田ロフトは開業後も、1998年2月に西武セゾン系ライフスタイルショップ「無印良品」の導入やWAVE増床といった大規模リニューアルを実施、2005年春からは高層専門店フロアの全面刷新(ヴィレッジヴァンガードやムラサキスポーツ導入)を図るなど、茶屋町の象徴的商業施設として営業を続けた。
一方、梅田ロフト隣接地に本社を置く在阪民放・MBS毎日放送の運営会社「MBSメディアホールディングス」が、2021年12月から2022年12月にかけて「日本プライムリアルティ投資法人(JPR)」から施設の信託受益権を取得、2024年1月に7階ワンフロアで営業していたホビーショップ「駿河屋」が撤退するなど、施設の運営環境が変化していた。

梅田ロフトビルの全景。
写真左はMBSメディアホールディングスの本社ビル。
閉店時刻となった21時には、梅田ロフトの柏木淳館長が阪神百貨店への移転を告知したうえで「また新たな梅田ロフトとして、元気にオープンいたします。」「長い間ありがとうございました。」と締めくくり、多くの人に見守られながら35年の歴史に幕を下ろした。
ロフトは阪神梅田本店に移転、跡地活用は未定
JPR梅田ロフトビル閉館と梅田ロフト現店舗閉店は、ロフトの近隣百貨店「阪神梅田本店」6階への移転にともなうもの。
梅田ロフトでは2025年2月28日より「梅田ロフト引越プロジェクト」と銘打った移転プロモーションを開始しており、現店舗最終営業日は茶屋町のシンボルを惜しむ客で朝から賑わいをみせた。
2025年5月現在はMBSメディアホールディングスが施設を所有しているが、跡地活用に関しては未発表となっている。
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岐阜高島屋、2024年7月31日午後7時閉店-猛暑の最終営業日、柳ケ瀬のシンボル消える
岐阜県岐阜市の柳ケ瀬商店街にある百貨店「岐阜高島屋」が、建物の老朽化のため2024年7月31日午後7時半に閉店した。

岐阜高島屋。
岐阜高島屋、100億円以上の売上があり黒字だったが…
岐阜高島屋は1977年9月に開業。建物は地上11階・地下1階で店舗面積は20,390㎡。高島屋子会社の岐阜高島屋が運営しており、建物は平和ビルが所有する。開店当時は柳ケ瀬商店街周辺で最も高いビルの1つであり、柳ケ瀬商店街のシンボルとして知られていた。2006年には別館に無印良品が開業している。
閉店の大きな理由は建物の老朽化のため。老朽化した建物の電気設備などといった改修工事を巡り合意に至らず、安全性が確保できないためとしている。2023年2月期の年商は約132億円、黒字運営だったという。

柳ケ瀬商店街・劇場通りと高島屋。
かつて高島屋の場所にも映画館があった。
猛暑の最終営業日、御座候に大行列
閉店当日となった7月31日は、猛暑のなか朝から多くの人が詰めかけた。とくに地階の回転焼き「御座候」は大きな人気を集め、3階まで行列ができていた。

行列ができた御座候。
また、アーケード内の柳ケ瀬グラッスル35広場では「都心の懇談会」と題し、商店街関係者が高松丸亀町商店街振興組合の古川康造理事長理事長を招いて高島屋閉店後についての議論がおこなわれた。

午後になると多くの商品が品切れとなった。
閉店時間を過ぎた19時28分ごろ、柳ケ瀬商店街アーケード内で閉店セレモニーが始まった。「La Vie en rose」(ラヴィアンローズ)の曲が流れるなか、最後に岐阜高島屋の橋本逸郎社長が、開店当時の記念品を持ち寄った客や包装紙で作った千羽鶴を持った客が来店したことなど閉店セール中の思い出に触れつつ「まことに残念ではございますが、本日を持ちまして岐阜高島屋はこの地から無くなりますが、これからもずっと皆様の思い出のなかに生き続けましたらこれ以上の幸せはございません」「長年に亘るご愛顧をありがとうございました」と挨拶をし、割れんばかりの拍手を浴びて岐阜高島屋は47年間の歴史に幕を下ろした。

商店街で閉店セレモニーを見守る人々。
なお、地元紙・中日新聞によると、御座候は客がさばききれず20時すぎまで営業を続けたという。
柳ケ瀬の街づくりに打撃、無印良品は営業継続
岐阜高島屋の閉店にともない、同店を運営していた高島屋の子会社「株式会社岐阜高島屋」は解散する。
同社が別館でFC運営していた柳ケ瀬商店街の無印良品は9月1日から直営店として営業を再開。地元紙・岐阜新聞の報道によると、高島屋に出店していた地元銘菓「恵那川上屋 栗市栗座」も無印良品の建物に入居して営業を継続するとしている。また、レストランのみわ屋は商店街内に移転するほか、御座候も市内へ再出店する方針だとしている。

無印良品は「無印良品岐阜柳ケ瀬」として9月1日に営業を再開する予定。
岐阜高島屋は最盛期より下がっているとはいえども近年でも約130億円の売上があった。この売上の多くは柳ケ瀬エリアから名古屋方面などへ流出することになるとみられる。

岐阜駅から見たグラッスルと柳ケ瀬地区。
柳ケ瀬エリアでは近年再開発が進んでおり、2023年3月には高島屋の隣接地に複合ビル「柳ケ瀬グラッスル35」が完成。長崎屋跡地などでも再開発計画が持ち上がっており、新たなマンションの建設などによって居住者が増えつつあった。こうしたなかでの高島屋閉店は、柳ケ瀬の街づくりに大きな影響を及ぼすことは必至だ。
東海3県の百貨店、名古屋・四日市・津だけに
東海地方は全国的に商業施設の競争が激しい地域として知られており、近年は百貨店も閉店が相次いでいる。
岐阜高島屋の閉店により、東海3県で大型の百貨店が残る都市は、愛知県名古屋市・三重県四日市市・三重県津市の3都市のみとなった。
(取材協力:トレイヤさん🚢)
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イオン津ショッピングセンター、2024年2月12日閉店-前身の「ジャスコ+ニチイ→サティ」から45年の歴史に一旦幕、建替えめざす
三重県津市の県道114号線沿いにある流通大手「イオングループ」の総合スーパー事業会社「イオンリテール」が運営する商業施設「イオン津ショッピングセンター」が建替えのため、2024年2月12日18時をもって閉店した。

最終営業日を迎えたイオン津ショッピングセンター。
(写真:HEY エレ鉄!!さん)
日本初「ジャスコ+ニチイ」異色の大型SCとして誕生
イオン津ショッピングセンターは、中央毛織工場跡地の再開発にともない、1978年9月に流通大手系スーパー「ジャスコ津北店」「ニチイ津店」を核とする商業施設「津ショッピングセンターエル」として開業。開業当初の建物は地上2階建で中央毛織(後の中央コーポレーション/双日→ゼクス傘下を経て経営破綻)が所有していた。ジャスコとニチイという、ライバルであった流通大手2社の両方が核となる大型ショッピングセンターは日本初であった。
津ショッピングセンターエルは、流通大手と地場大手による商業施設の共同展開(鈴鹿ハンター、日永エコー、旧津南サンバレーなど)が多数みられた三重県内でも異色であり、開業当初はジャスコが食品、ニチイが衣料品を中心に取扱う運営方式を採っていた。
しかしその後は、施設間競争の激化を背景とした増床リニューアルの一環として、1994年1月にジャスコが撤退することとなった。
1994年に東海初のサティ、2011年3月にイオンに転換
津ショッピングセンターエルは、1994年4月の新装開業にあわせてニチイ(後のマイカル)の生活百貨店「津サティ」として全面刷新を図った。

サティ時代のデザインが残る看板。(写真:HEY エレ鉄!!さん)
津サティは東海地方で初となるマイカルグループの生活百貨店業態であり、2000年12月には別棟に複合映画館「ワーナーマイカルシネマズ津」を新設するなど、グループの同地域における旗艦店としての役割をめざしたが、2001年9月に同社が民事再生法を申請し経営破綻したことで状況が一変。マイカルの支援企業として、前身施設(津ショッピングセンターエル)の食品核を担ったイオン(ジャスコ)が再び運営に参画することとなった。
津サティでは2003年1月からイオンの支援を受けつつリニューアルを実施。2011年3月にはイオングループ総合スーパー事業再編の一環として核店舗名を「イオン津店」、施設名を「イオン津ショッピングセンター」に変更した。

イオン津ショッピングセンター・全景。
かつてはジャスコとニチイの看板が並んでいた。
地域密着・集客力向上の取組み図るも老朽化で一時休業
イオン津ショッピングセンターは、2013年10月にイオンリテールからグループの不動産ディベロッパー「イオンモール」による管理運営に移行するなど、津市内唯一(当時)のモール運営施設として集客力向上に取組んだ。(現在はリテール運営に再び移行)

一時はイオンモールが運営していた。(写真:HEY エレ鉄!!さん)
また、2021年2月に建替えのため閉店した「イオン白子店(白子ショッピングタウンサンズ)」(鈴鹿市)の受け皿として、白子店のシンボル「からくり人形」を核に据えたメモリアルゾーンや広大な学習スペースを新設するなど、地域密着の姿勢を打ち出した。(現在「イオンスタイル鈴鹿白子」として建替え中)

イオン津の「イオン白子店」メモリアルゾーン。
一方、同施設は県内の系列施設と比べ老朽化が進んでいたこと、足元商圏内においてもPPIHグループの総合ディスカウント「MEGAドン・キホーテ津桜橋店」や地場大手食品スーパー「マルヤスベーシック島崎店(旧マルヤスコスモス島崎店)」を核とする施設が開店したことを背景として、2023年12月14日に現施設を2024年2月12日付で閉店する方針を発表していた。
「心の片隅に思い出として」…45年の歴史に幕
閉店当日となった2月12日は開店時間から多くの客が訪れ、来店客には花が配られた。また、店内では店舗の歴史をしのぶ展示もおこなわれた。

数奇な運命を辿った店舗の思い出。(写真:HEY エレ鉄!!さん)
閉店時間の18時にはセレモニーが開催された。
専門店街理事長が「最後のこの時間まで暖かく見守って頂きありがとうございます。(中略)我々専門店が45年続けてこられたのは皆さまのおかげです。」と挨拶。続いてイオン津店の奥田忠司店長が、店舗での思い出に触れつつ「お寒いなかありがとうございます。(中略)お店が、心の片隅に思い出となって残ってくれたら本当に幸せです。」と締めくくり、イオン津ショッピングセンターはエル・ジャスコ・ニチイ、サティ、イオンと移り変わった45年の歴史に幕を下ろした。

多くの人が集まった閉店セレモニー。
(写真:HEY エレ鉄!!さん)
跡地には新施設検討、イオンシネマは営業継続
イオンリテールは2024年2月現在、イオン津ショッピングセンター跡地の具体的な活用方法、新店舗の概要(業態・規模・再開時期)などを明らかにしていない。
一方で、別棟の「イオンシネマ津(旧ワーナーマイカルシネマズ津)」は施設一時休業後も営業継続する方針を打ち出しており、2024年春に建替新装開業を予定している「イオンスタイル鈴鹿白子/そよら鈴鹿白子」同様に「地域の商業核を担う商業施設」として再生する方針としている。
なお、イオン津店休業期間中の代替店舗はイオンスタイル津南(イオンモール津南/旧津南サンバレー)となっている。
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スズラン百貨店高崎店、2024年1月31日一旦閉店-新店移転に向け「またお会いしましょう!」で締めくくられた最終営業日
群馬県高崎市の高崎市役所近くにある地場百貨店「スズラン高崎店(高崎スズラン)」が、隣接地への新築移転のため、2024年1月31日をもって55年の歴史に一旦幕をおろした。

群馬高崎の地場百貨店、56年の歴史に一旦幕
スズラン百貨店は1952年6月に群馬県前橋市で「スズラン衣料品店」として創業。1968年1月に旧百貨店法(のち大店法)による営業許可を受け、同年11月に支店として高崎店を開業した。

最終営業日のスズラン高崎店。
スズラン高崎店(本館)の建物は地上8階地下2階建、店舗面積は19,305㎡。
高崎店は最盛期には本館に加え、別館(4℃ブライダル)やスポーツファッション館(ユザワヤなど入居/旧田原屋高崎店)を展開するなど、北関東の商都にふさわしい業容であったが、2018年1月にスポーツファッション館を閉鎖して本館への売場集約を図っていた。
一方、高崎店本館は改正耐震改修促進法に基づく診断で耐震性不足であることが2017年に明らかとなったため、隣接地への新築移転と本館跡地へのマンション新築分譲を柱とする再開発事業を行う方針を2020年に固めた。
同方針に基づき、2022年8月に「宮元町第二地区優良建築物等整備事業」が起工、2023年9月から現店舗の閉店セールとなる「移転前の売りつくしセール」が始まっていた。

売りつくしで賑わう最終営業日のスズラン高崎店。
「また会いましょう!」希望に満ちた最終営業日
スズラン高崎店現店舗の最終営業日は、地下食品フロアから屋上遊園地まで名残惜しむ客で賑わいをみせた。
なかでも、地下1階にある1830年創業の老舗蕎麦店「すかや本店」は後継者不在を背景に新店舗に移転せず閉店(支店分店は営業継続)することから、エスカレーターホールまで列がみられた。

すかやにお並びのお客様へ。
閉店時刻の19時になると、現店舗での営業終了を記念した式典がおこなわれた。
高橋英二店長は56年の歴史を誇った現店舗の閉店を感慨深いとしつつ「閉店するわけじゃありませんので、また新店舗でお会いしましょう!」と挨拶。買物客の笑いを誘った。

スズラン高崎店・旧店舗の閉店式典。
式典後、正面入口のシャッターが幕をおろしたのちも、買い物客やテナント従業員による明るい雰囲気が続くこととなった。
1ヶ月後に新築の新店舗開業、高崎初ブランドも
スズラン高崎店は隣接地のさやもーる商店街(高崎中部名店街)沿いの新築店舗へと移転。
2024年2月29日を目処に新装開業する予定としている。

スズラン高崎店・新店舗。
新店舗の建物(商業棟)は地上4階地下1階建で営業フロアは1~4階と、旧店舗の約半分ほどとなる。
1階にはグロサリー「北野エース」やスペシャリティコーヒーショップ「TULLY’S COFFEE」、2階・3階は婦人服・紳士服・生活雑貨など、4階には地場資源関連会社「糸井ホールディングス」による会員制フィットネス施設やエステサロンが入居するなど、装い新たに生まれ変わる。
また、将来的にはスズラン高崎店の旧店舗跡に建設されるタワーマンション・立体駐車場とも接続される予定となっている。
高崎スズラン・新店移転に伴う主なテナント動向
(都商研取材による/これ以外の閉店・出店もあり)
※今後、出店計画が変更される可能性もあります。
閉店
- 化粧品売場(1階、HABAを除く全てのブランド)
※資生堂、クレドポーボーテ、カネボウ、コスメデコルテ、エスト、イプサ、アユーラ、ちふれ、パウダーパレット - ペレボルサ(ハンドバッグ、1階)
- ミスターミニット(靴鍵修理、1階)
- シューラルー(婦人服、2階)
- シルクフォーチュン(婦人服、2階 ※POPUPショップ)
- スイートマインド(婦人服、2階)
- ステッキ売場(2階)
- 詩仙堂(婦人服、3階)
- ヌーベルスポーツ&ドンナベロ(小さいサイズの婦人服、3階)
- クロスプラスショップ(デコイ・プチオンフルール・アルファキュービック・ルスークホリデー、4階)
- オーダーワイシャツ売場(5階)
- 学生服売場(5階、今後は修理受付のみ。前橋店にて取り扱い継続)
- 子供服売場(7階、ポロラルフローレンを除く全てのブランド)
※ミキハウス、赤ちゃんの城、ムージョンジョン、ダディオダディ、KP、KPBOY、メゾピアノ、メゾピアノJr、ポンポネットJr、クレードスコープ、ビールーム、エクストララージキッズ、エックスガールステージス等
※KP・KPBOYは髙島屋へ3月上旬ごろ移転 - 玩具売場(7階)
- サンリオ(7階)
- ボーネルンド(7階)
- 中むら(和惣菜、地階)
- 登利平(弁当、地階)
- とんかつ和幸(和惣菜、地階)
- すかや本店(飲食店、地階)
- 美術工芸サロン(別館地階)
- 茶道具売場(別館地階)
移転
- 婦人服飾雑貨売場
- 婦人靴売場
- ゲンテン(ハンドバッグ)
- アナスイ(ハンドバッグ・アクセサリー)
- DEEP’S(アクセサリー)
- ヴァンドームブティック(アクセサリー)
- YAコレクション(アクセサリー)
- エース(旅行用品)
- フォンテーヌクチュール(ウイッグ)
- 東京ますいわ屋(呉服、旧4℃ブライダル跡の別館へ)
- フルーツパーラーサンエイ&ジューススタンド(飲食店)⇒統合して新店舗へ
- ポロラルフローレン(紳士・婦人・子供服)
- ニューヨーカー(紳士・婦人服)
- 紳士肌着・靴下売場
- 紳士雑貨、ワイシャツ、ネクタイ売場
- 鳩居堂(和雑貨)
- ホットマン(タオル)
- 西川(寝具)
- アントステラ(洋菓子)
- ボンジョルノ(飲食店)
- たごさく(和惣菜)
- 肉の匠いとう(精肉)
- アイミートダイニング(洋惣菜)
- 和洋菓子売場
- 新潟海宝丸(鮮魚)
- キーコーヒー(飲食店)
- HABA(化粧品)
- リフレーヌ(リラクゼーション)
スズラン新店舗に新規出店
- 北野エース(グロサリー)
- タリーズコーヒー(飲食店)
- 味の十字屋(塩干)
- 寺崎商事(宝飾)
- A ROMA(ヘッドスパサロン)
鞘町ビル(別館)で営業継続(2月中も営業)
- クリニカルエステ花蔵(エステティックサロン)
- 薬王園漢方(漢方薬局)

移転に向けて工事が進む。
「X」のクロス部分にスズランの(S)マークがあしらわれる。
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トスク本店、2023年9月30日18時閉店-Aコープ系・鳥取生活センターから55年の歴史に幕、全店閉店
鳥取県鳥取市のJR鳥取駅近くにあるJA鳥取いなばグループ(本社:鳥取市)の大型総合スーパー「トスク本店」が2023年9月30日午後6時をもって閉店した。
鳥取県内有数の複合施設だった「鳥取生活センター」
トスク本店は1968年11月に鳥取市農協(現JA鳥取いなば)の複合商業施設「鳥取生活センター」として開業。開店当初の建物は地上4階建で売場面積は約1,800㎡。
鳥取生活センター本店は当時の鳥取市内では珍しく、物販機能に加えて食堂や結婚式場、料理教室、友の会、著名タレントによる歌謡ショーといったサービスを提供。あわせて、婦人服フロアの刷新や家電量販店(ベスト電器→エディオン)のFC展開、駐車場の整備など、時代の変化に応じたリニューアルを実施することで、鳥取を代表する地場流通大手の旗艦店として発展することとなった。

鳥取市中心部では貴重な100円ショップ「ダイソー」大型店も。
農協内だけあって園芸用品が豊富だった。
店名も「Aコープトスク」から「トスク」へ
鳥取生活センター本店では店舗設備に加え、1988年3月の新装開店を機に新ブランドを冠した「TOSC鳥取生活センター本店」に、1995年10月の鳥取県東部農協経営統合にともない「Aコープトスク本店」に、2001年8月の店舗部分社化にあわせて「トスク本店」に店名変更する。
トスク本店は運営母体の再編や消費生活者の需要の変化にあわせて店舗イメージを刷新を繰り返したもの、鳥取県民の生活を支える場所としての役割を一貫して担い続けた。
最盛期20店舗超抱えたトスク、全店閉店
トスクは1972年7月の稲葉店を皮切りにチェーン展開を開始。1995年10月の鳥取県東部農協経営統合により各農協系食品スーパー「Aコープ」を引継ぐことで、鳥取県東部に20店舗超という店舗網を敷くこととなったが、店舗の大多数が競争力に乏しい狭小店舗であったため、2000年代以降店舗整理を余儀なくされた。

店舗整理の過程で市中心部に近い支店は吉成店のみとなった。
その後、JA鳥取いなばグループによるトスク廃業の方針により、2023年7月31日には「トスク佐治店」「トスクふなおか店」の2店舗が閉店。同年9月31日午後1時には「トスク吉成店」「トスク丹比店」「トスク用瀬店」「トスクちづ店」「トスク若桜店」「フレッシュライフいわみ」の6店舗が閉店していた。
地域に愛されたトスク、55年の歴史に幕
トスク本店閉店当日となる2023年9月30日は、昼過ぎから雨模様となったが、店内では催事イベントの服飾雑貨発掘に勤しむ若者や衣料品フロアでのマネキンや事務用品の処分販売を気にする女性客、子供連れで記念写真を撮るファミリー、閉店を惜しむ常連客で賑わいをみせた。

閉店当日昼過ぎのトスク本店。
トスク本店では閉店時刻となる18時に閉店式典を開催。夕方から激しい雨となるも大勢の買物客に囲まれ、55年の歴史に幕を下ろした。

大雨のなか大勢の買物客に囲まれ、55年の歴史に幕を下ろした。
一部専門店営業継続するも解体後の活用方針は未定
トスクは2023年度中に閉店する全9店舗のうち、7店舗の譲渡交渉を進めているが、道の駅きなんせ岩美隣接の「フレッシュライフいわみ」(岩美町)と旗艦店である「トスク本店」(鳥取市)に関しては譲渡交渉対象外としている。
トスク本店では2024年の建物解体まで家電量販店「エディオントスク本店」(トスクFC)を始めとする専門店の一部に加え、母体である農協窓口「JA鳥取いなば行徳本店」が営業を継続する方針を発表しているが、現時点において跡地活用の具体的な方針は定まっていない。

JA鳥取いなば行徳本店貯金課による営業継続の案内。
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トスク吉成店、2023年9月30日閉店-鳥取のAコープ系、日ノ丸ストアから41年の歴史に幕
鳥取県鳥取市の国道53号線沿いにあるJA鳥取いなばグループ(本社:鳥取市)
幹線道路沿い激戦区のトスク大型店
トスク吉成店は1982年4月に地場交通系スーパー「日ノ丸ストア」として開店。建物は平屋建で店舗面積は1,479㎡。
1998年7月にJA鳥取いなば(鳥取いなば農業協同組合)が店舗を引継ぎ、同社
トスク吉成店は転換後も“幹線道路沿いという好立地”を活かし、持ち帰り寿司店「小僧寿し」や中華食堂「大阪王将」といった既存の食関連店舗に加え、100円ショップ「ダイソー」など専門店を導入。あわせて、同社他店舗を上回る約10年おきのリニューアル(2007年・2016年)を実施し、内外装の美装化や産地直送商品の拡充を進めることで集客力の向上を図ったが、JA鳥取いなばグループによるトスク廃業の方針にともない、2023年9月30日をもって同店を含む全7店舗が閉店することとなった。

トスク吉成店。
跡地はエスマートが取得の方針
トスク吉成店に関しては、岡山地場流通大手「マルイ」(本社:
一方、店舗の至近距離200m圏内に「エスマート吉成店」が存在するほか、幹線道路沿いには同じくマルイ系の「マルイ宮長店」やイオン系の「イオン鳥取店」、大手ディスカウント「スーパーセンタートライアル叶店」といった競合店も多数存在しているため、既存店との差別化が必要になるとみられる。
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札幌エスタ、2023年8月31日21時閉店-騒がしく賑やかな営業最終日、そごうから45年の歴史に幕
北海道札幌市中央区のJR札幌駅にある駅ビル型複合商業施設「JRタワー」の「札幌エスタ」が、2023年8月31日午後9時をもって閉店した。

最終日を迎えた札幌エスタ。
時代とともに変わり続けたサツエキのシンボル
札幌エスタは1978年9月に開業。建物は地上11階地下3階建で延床面積は86,582㎡。JR北海道グループの札幌駅総合開発(旧札幌駅南口開発)が所有する。
札幌エスタは開業以来、道内初となる百貨店「札幌そごう」を核とする商業施設であったが、旧そごうグループの経営破綻にともない2000年12月31日をもってそごうが撤退。エスタは2001年1月2日より地下1階~2階食品フロア「エスタ食品街(旧そごう食品街)」と10階レストランフロア「エスタ味のテラス」の3フロアを中心とした暫定的な営業体制となった。

開業当初の「札幌エスタ」「札幌そごう」。
(JR北海道リリースより)。
一方、札幌エスタ隣接地では新たな複合商業施設「JRタワー(札幌ステラプレイス・大丸札幌店)」の建設が進んでいたこともあり、エスタの新たな核として、2001年7月に道内初となる家電量販店「ビックカメラ」「ビッグピーカン」が開店するなど施設再生に向けた動きが加速。2002年2月のアミューズメント「ナムコプラボ」開店により、エスタは約1年2ヶ月ぶりに全館の営業再開を果たした。

最終日のビックカメラ札幌店。
エスタはその後も、2004年10月に10階にナムコのラーメンテーマパーク「札幌ら~めん共和国」、2010年3月には大型雑貨店「ロフト」を導入するなど、サツエキのシンボル的存在として約110店舗が出店していたが、2021年11月に北海道新幹線延伸開業(2030年度)を背景とした駅周辺整備「札幌駅交流拠点北5西1・西2地区市街地再開発事業」を理由に、2023年夏を目処に閉店する方針を正式発表していた。
8月からはファイナルセール、各店独自の記念施策も
札幌エスタでは2023年8月1日から地階食品フロア「エスタ大食品街ファイナルセール」を開始。記念冊子の配布やカウントダウンボード・メッセージボードの展示を打ち出した。

閉店当日午前9時ごろの札幌エスタ。
ビックカメラでも全店共通の決算セールに加え、札幌店移転にともなう「大感謝祭」「お宝発掘市」の開催やメッセージボード、店舗イメージキャラクター(さっぽろたん)の展示を打ち出すなど、専門店それぞれのかたちで長年の営業と来店客への感謝をアピールした。
賑やかな最終日、各店で完売相次ぐ
札幌エスタ閉店当日となる8月31日は、午前10時の営業開始前からエスタの勇姿や歴史の展示、閉店カウントダウンの看板を写真に収める来店客が数多くみられた。
ビックカメラでは移転準備にともなう空きフロアが目立ったもの、エスタ大食品館ではサザエとISHIYA(石屋製菓)のコラボスイーツ店「十勝大名×白い恋人ソフトクリーム」を始め、エスタ“ならでは”の商品を求める来店客の行列が複数の店舗で生じ、夕方までに購入受付の終了・完売となる店舗が相次いだ。

最終日のユニクロ。
また、札幌ら~めん共和国では「食材切れ」を理由に、前倒しで全店オーダーストップ。レストラン行エスカレーターを一部閉鎖するなど、各フロアで営業終了時刻の前倒しがみられた。

札幌ら~めん共和国。来館者と記念写真に応じるスタッフも。
営業終了時刻が迫る午後7時30分ごろからは地階玄関一帯で紙袋の配布、午後8時40分ごろからはビックカメラ店員による見送りといったサプライズもあり、エスタの45年の歴史は騒がしく賑やかな幕引きとなった。

エスタ閉店を見届ける来店客で賑わいをみせた。
「アイラブエスタ」「アイラブユー」の叫び声も。
エスタ跡地、道内最高層の超高層ビル計画も
札幌エスタの閉店は北海道新幹線の開通を見越したもの。
エスタの跡地は隣接地とともに「札幌駅交流拠点北5西1・西2地区市街地再開発事業」による再開発がおこなわれ、清水建設などにより43階建て・高さ約245メートルの複合ビルが2029年秋を目処に開業する予定である。
一方で、近年の資材高騰による事業費増加もあり、規模縮小や開業延期を含めた計画の見直しも取り沙汰されている。

札幌エスタ跡地に建設予定の新施設。
現在のJRタワー高層部を上回る高さ245mの施設となる。
(札幌市HPより)。
都商研の取材に対し「これからエスタがどうなるか気になる」「そんな高いビルになるなんて知らなかった」(10代女子)との声も聞かれるなど、道民の札幌駅再整備に対する注目度の高さは新施設に匹敵するものといえる。
JR北海道には長年サツエキのシンボル的存在として親しまれたエスタと同様、北海道の玄関口に相応しい施設づくりを期待したい。
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