広島県は、福山市の景勝地「鞆の浦」の埋め立て免許を取り下げる方針を固めた。
2月15日に広島高裁(広島市)で行われた鞆の浦の埋め立て架橋工事をめぐる控訴審の進行協議において、被告側の広島県は免許交付申請を取り下げる意向を示し、原告側の埋め立て反対派も訴えを取り下げることで合意した。
鞆の浦の風景。
この写真の湾内を埋め立て、架橋する計画だった。
埋め立て・架橋による道路拡幅計画図。
(広島県の計画を基にGoogleマップを用いて作成)
数多くの作品の舞台となった景勝地-観光客で渋滞も
「鞆の浦」は広島県福山市鞆の景勝地。
古代より「潮待ちの港」として知られ、瀬戸内海を行き交う商船や朝鮮通信使一行などの寄港地となっていた。
また、その景観の優美さから、万葉集の時代より様々な作品で取り上げられており、近年も「崖の上のポニョ」、「ウルヴァリン: SAMURAI」、「蒼穹のファフナー」など、数多くの有名作の舞台となったことで知られている。
福禅寺対潮楼から見た弁天島。
現在も常夜燈(江戸時代の灯台)や船宿が残り、江戸期の港町の面影を色濃く残す街並みが続く一方、中心部の道路は非常に狭隘で、幹線道路の県道であっても車両の離合(すれ違い)が困難であった。
鞆の浦の中心部を走る県道。非常に狭い。
埋め立て架橋計画から30年以上、議論に終止符
このような鞆の浦の交通事情の改善と防災のため、広島県は1983年より沿岸部を埋め立てて架橋し、それにより県道を拡幅する計画を進めてきた。
しかし、埋め立て架橋計画は鞆の浦の景観を大きく変えるものであり、2005年にはイコモス(国際記念物遺跡会議)は「景観を破壊する恐れがある」として計画の中止を勧告。
更に、2007年に反対住民が埋め立て中止を求めて広島県を提訴、2009年10月には、広島地裁が住民勝訴の判決を言い渡した。
これを受けて、広島県知事も架橋計画を中止、県道バイパスを建設する際には道路をトンネル化する方針を表明していた。
根本的な問題は解決されぬまま
架橋の中止により、鞆の浦の景観は維持されることになった一方で、鞆の浦では特に映画「崖の上のポニョ」公開後は観光客が増加し、観光シーズンには慢性的な渋滞が発生している。
先述の通り、架橋に変わってトンネルによりバイパスを建設する計画もあるが、開通までは数十年の期間を要することが予想される上に、交通事情に詳しくない観光客は鞆の浦の狭い路地まで車で乗り入れることが多いであろう。
福山駅から鞆の浦まではかつて鞆鉄道があり、現在も同社のバスが日中1時間に3本前後運行されているために交通の便が悪いとは言えないが、バス車内には観光客の姿はそれほど多くない。
JR福山駅前に並ぶ鞆鉄道バス(奥は中国バス)。
狭い街路を走る鞆鉄道バス(写真:しののめちゃん)。
また、鞆の浦では2月に唯一のスーパーマーケット「セルコ鞆店」が閉店。高齢化が進んでいる鞆の浦の住民にとって、公共交通の維持は喫緊の課題となっている。
唯一のスーパーも閉店してしまった(写真:しののめちゃん)。
鞆の浦では、地元NPO法人が空き家バンクを創設、空き家再活用の努力を行っているが、既に空き家となっている旧家も目立つようになってきている。埋め立ては中止された一方で、今後「誰も住まない港町」となってしまえば、鞆の浦の景観が守られるはずはない。
環境維持や緊急時の交通確保のためにも、また公共交通維持のためにも、パークアンドライドの実施や観光客の自家用車乗入規制を行うなど、将来に亘って住民が住みやすい街づくりをしていくための更なる努力が必要になろう。
トランジットモール化された金沢市の商店街。
自家用車の乗り入れ規制を行っている。
(撮影:金沢まちゲーション)