セブンアンドアイホールディングス傘下の「そごう・西武」は、千葉県柏市の百貨店「そごう柏店」(柏そごう)を9月30日に閉店することを発表した。

そごう柏店。
14階建、3館体制…柏のシンボル的百貨店
「柏そごう」は1973年10月に開店。地上14階、地下1階、3館体制で、売場面積は39,729㎡。
開店時のキャッチフレーズは「みどりのまちにお城のような百貨店」。
「柏髙島屋」、「丸井柏店」などと同年の開業であり(丸井は旧店からの移転開業)、それぞれが国鉄柏駅とダブルデッキ(ペデストリアンデッキ)で連結されるという、当時としては画期的な街づくりで注目を集めた。

特徴的な連絡通路。
「柏そごう」はそごうグループで初の回転展望レストランや複層立の連絡通路を設置。また、当初は「株式会社柏そごう」の運営で、地域貢献の姿勢を前面に打ち出し、地元店舗が入居する専門店街を設置した「スカイプラザ」を併設するなど、のちのそごうの店舗づくりにも大きな影響を与えた。14階という高層部にある展望レストランは市内の至る所から目立つ存在であり、現在も柏駅前のシンボルの1つとなっている。
2005年からはスカイプラザの直営売場を削減、大型テナントとしてビックカメラが入居している。

現在も営業を続ける回転展望レストラン。
柏の街が一望できた。
店舗改革実施の最中、無念の撤退に
従来、柏駅前の百貨店は「幅広い世代を対象とする柏髙島屋」(専門店街には女子高生・大学生向けのテナントも多い)に対し、そごう柏店は「シニア向け」という印象があった。
一方で、東京のベッドタウンである柏市は40代や50代よりも30代の人口のほうが多く、そごう柏店は昨年から「新入社員が選ぶ初任給に送りたいプレゼント」を提案するなど、比較的若い世代に向けた品揃えと商品提案に舵を切り始めたばかりだった。更に、一昨年からは大手百貨店では比較的珍しい産直野菜の売場を導入。また、地元で作られる「柏ビーズ」を使った雑貨を販売するなど、地域の実情に合わせた店舗改革を実施していた。また、別館であるスカイプラザも2015年に改装したばかりだった。
しかし、昨年そごう・西武の親会社であるセブン&アイホールディングスが百貨店・総合スーパーの不採算店の大規模閉店を発表。親会社の方針に逆らうことはできず、超好立地であることを十分活かすことなく店舗改革半ばでの「無念の撤退」ということになりそうだ。
なお、そごう西武では、同時に「西武百貨店旭川店」の閉店も発表した。

西武百貨店旭川店。こちらは10階建、2館体制。
そごうは「アリオ柏」に移転
「そごう・西武」は2016年4月に開業するのショッピングセンター「セブンパーク アリオ柏」(売場面積約65,000㎡)に百貨店(小型店)と傘下のロフトを出店することを発表した。そごう柏店は事実上「アリオ柏への移転」となる。
ビックカメラ柏店などの専門店や、改装したばかりのスカイプラザ専門店街の処遇については、現時点では発表されていない。
そごうの建物は建築から43年が経過しており、首都圏を代表する大都市の一等地なだけに、今後は大規模な再開発を行うことも予想される。
経営判断が問われるセブンアンドアイ
そごう柏店は現在、「ビックカメラ」、「洋服の青山」、「山野楽器」、エイベックスのダンススクールなどといった多数の大型テナントが入居しており、(一部床は地権者の所有とはいえ)安定した家賃収入があると思われる。また、立地もこれ以上になく好立地で、規模も申し分ない。
そごう柏店は折しも店舗改革のさなかであったという。そごう西武は、親会社との意思疎通が取れていないのであろうか。
また、立地を考えると、こういった小規模な店舗改革のみでなく、セブン&アイが都心店並みの資金を投入してフロアやテナント構成を見直す、ファッションビル的なテナントを導入する、さらには複合ビルに建て替えるなどといった、抜本的な店舗改革を行なえば、十分黒字化できた店舗なのではないだろうか。
(仮にそのような有力テナントの導入が「アリオ・ヨーカドーのテナントと被る」という理由で出来ないのであれば、百貨店が大手流通傘下に入っているメリットとは何なのか疑問に思えてくる)
地方百貨店では、以前都商研においても紹介した「酒田清水屋」や「トキハ別府店」のように、従来の百貨店とは大きく異なった手法で百貨店の店舗を維持しつつ、直営売場の圧縮や地域に欠落した専門店の導入などにより客層を広げ、黒字化する努力を行った店舗もある。

高級フランス料理から同人誌まで扱うという酒田清水屋。
百貨店はその規模や立地などから「都市の顔」とも言われることがあり、その閉店の影響は総合スーパーの比ではない。
地域の祭りにおいて百貨店が山車を出したり、地域のイベントにおいて百貨店がスポンサーとなっている光景を見た事ある人も多いであろう。かつての百貨店は「地域貢献」を行うという姿勢を前面に打ち出すことで、地元経済と融和し、そして地域住民にも信頼され、愛される存在であった。
百貨店はブランドイメージを最も大切にする企業である。「そごう」と「西武百貨店」は、かつての経営再建の過程で多くの店舗を閉店した。そしてその後、多大な努力を払ってブランドイメージを立て直し、再び日本を代表する百貨店の1つとなった。
一方で、セブン&アイ傘下後のそごうは、ディスニーとのスポンサー関係を解消してシンボルであるからくり時計を停止したり、多くの店舗で噴水などの稼働も全面停止、百貨店社旗の掲揚を廃止したことなどに象徴されるように、 「ハレの日のための百貨店らしさ」を消す合理化を断行している。

かつてのシンボルであるからくり時計を懐かしむ人は多い。
百貨店の「非日常的演出」は消えゆく運命か。(広島そごう)
セブン&アイにとってみれば「百貨店の業績を立て直すための費用と同じ額を投資するならば、セブンイレブンに投資したほうが回収しやすい」ということは紛いもない事実である。
しかし、セブン&アイがこのまま「採算が悪化すればすぐに切り捨て」という方針を取り続けていくならば、再び「そごう・西武」全体ののれんに、ひいては百貨店業界全体にさえも大きな傷を付けることになり、それが更なる経営不振を招くというスパイラルに陥る遠因にもなりかねない。
外部リンク:そごう柏店
関連記事:西武百貨店旭川店・旭川ロフト、9月30日閉店
関連記事:ヨーカドー、1号店の千住店など閉店へ-来春までに20店舗
外部リンク:西武旭川店ならびにそごう柏店の営業終了について(そごう・西武、PDF)
参考文献:月刊ストアーズレポート2015年6月号「街ぶらとエリアモードでそごうは地域深耕に加速(そごう柏店)」
関連記事:セブンパークアリオ柏、4月25日開業
西武百貨店旭川店・旭川ロフト、9月30日閉店
セブンアンドアイホールディングス傘下の「そごう・西武」は、旭川市の百貨店「西武百貨店旭川店」(西武旭川店)を9月30日に閉店させることを発表した。入居する「旭川ロフト」も同時に閉店するとみられる。

西武百貨店旭川店。
道内第二の都市から百貨店消滅
西武百貨店旭川店は1975年8月に開店。A館(地下1階、地上8階)とB館(地下1階、地上10階)の2館体制で、売場面積は約24,200㎡。
JR旭川駅ビルには昨年3月に「イオンモール旭川駅前」が開業。イオンモールは旭川西武の向かい側に位置しているため、旭川西武周辺の歩行者通行量は増加していた(旭川市の調査による)一方で、西武の売上増加には繋がっていなかったという。

イオンモール旭川駅前。西武の向かいに立地。
(イオンモール旭川駅前ウェブサイトより引用・一部加工)
昨年、そごう・西武の親会社であるセブン&アイホールディングスは、百貨店・総合スーパーの不採算店の大規模閉店を発表。旭川西武の閉店検討も、その一環であると見られる。
なお、そごう・西武は「柏そごう」(そごう柏店)も同時に閉店する予定。そごう・西武では今年2月に「西武百貨店春日部店」(春日部西武、旧ロビンソン百貨店春日部店)を閉店したばかりだった。
そごう柏店。
西武百貨店の閉店後の処遇は未定。一方で、旭川市は人口約34万人を数える北海道第二の都市であり、商圏規模からすれば百貨店の維持は十分可能であると考えられ、今後が注目される。
店舗概要などの詳細はこちら:西武百貨店旭川店、閉店を検討
外部リンク:西武旭川店
関連記事:そごう柏店、9月30日閉店-首都圏一等地、問われる経営判断
外部リンク:西武旭川店ならびにそごう柏店の営業終了について(そごう・西武、PDF)
別府市公会堂(中央公民館)、復原工事が完成-2016年3月7日から公開
大分県別府市のJR別府駅近くにある「別府市公会堂」(別府中央公民館)が約1年半の復原リニューアルを終え、3月7日に公開された。
別府市公会堂(別府中央公民館)。
90年前の輝きを取り戻した公会堂
「別府市公会堂」は1928年3月に竣工。
石炭王であった麻生太吉(麻生太郎元総理の曽祖父)の別荘跡地に建設されたもので、設計は「東京中央郵便局」(KITTE)や「大阪中央郵便局」などで知られる吉田鉄郎。ストックホルム市庁舎をモチーフにした3階建ての館内には、ステンドグラスや天使の像が配置され、建築的価値が高い建物として「docomomo 日本におけるモダン・ムーブメント建築」にも選定されているほか、別府市指定有形文化財にも指定されている。

正面から。スクラッチタイルが美しい。
現在、別府市公会堂には「別府中央公民館」と「別府市民会館」が入居。別府駅西口から徒歩5分ほどと交通の便も良く、各種イベントや市民講座、講演会、高校の文化祭などが開催されていたが、1945年ごろに塗られた戦時迷彩のコールタールは剥がすことができず、21世紀になっても汚れとなって残っていたほか、1968年のバリアフリー改修により正面ファザードは大きく姿を変えていた。

復原された正面エントランス。
公会堂は1990年代にも復原が計画されたことがあるものの、バブル崩壊による景気の後退に加え、阪神淡路大震災による建築費の高騰、市長の交代などから着工には至らず、近年は老朽化によるタイルや窓枠の欠落も見られるようになっていた。
そこで、別府市は2014年から1年半をかけて別府中央公民館の復原工事を実施、合わせて耐震補強・エレベータ設置などを行っていた。

3階テラスより。
大分を代表する近代建築に-設計図を基に忠実に復原
復原に際しては、別府市は近年大きな災害や戦災にも遭っておらず、ほとんどの設計資料がそのまま保管されていたため、タイルから灯具の形状に至るまで忠実に復原することが可能であったという。

館内には星のモチーフが多く取り入れられている。
シンボルのステンドグラスと星形の灯具(3階)。

2階通路には天使像が。
場所によって異なる灯具にもこだわりが見られる。
公会堂中央部の約500席ある大ホールは九州初のバルコニー型観覧席(3階)を備えており、当時の雰囲気を損なうことなく、今後もコンサートなどが開催できるように近代化工事を行った。3階観覧席の一部には、竣工当時の座席が残されている。

近代的な大ホールだが、基本的な造りは竣工当時の設計のまま。
3階観覧席の奥には木造の椅子が保存されている。

1階にはメモリアルコーナーが。
年表や設計図、竣工当時の写真、機械部品などが展示されている。
「別府市公会堂」のフォントは設計図の文字を転写したもの。

かつて屋上に設置されていた空襲警報のサイレン。
現在は公会堂前広場の木の下に置かれている。
3月7日は 14時から復原竣工記念セレモニーが執り行われ、15時半からは市民見学会が開催された。市民見学会では、復原工事の際に取り外された古いスクラッチタイルが記念品として無料配布された。
なお、復原に合わせる形で正式名称も「別府市中央公民館」から「別府市公会堂」に戻されている。「別府市中央公民館」と「別府市民会館」は今後も公会堂の館内に入居する。

7日には市民見学会が開催された。

配布されたスクラッチタイル。

向かいのオフィスビルも公会堂に合わせたモチーフ。
市民に親しまれていることが分かる。
別府市公会堂(中央公民館・市民会館)
別府市上田の湯町6-37
開館時間:9:00~22:00。
見学無料。年末年始以外は無休。
別府にもう1つ残る吉田鉄郎建築
戦災に遭っていないため、古い建物が数多く残る別府市。
中心市街地には、別府市公会堂以外にも吉田鉄郎が設計した建築物として「旧逓信省別府電報電話局電話分室」(旧電電公社別府電話局)が残されている。
こちらの竣工も別府市公会堂と同じく1928年。
現在は「別府市南部児童館」(レンガホール)として使われており、往時のままの美しい外観を見せている。公会堂見学の際には、合わせて立ち寄ってみてはどうだろうか。

別府市南部児童館。
外部リンク:別府市中央公民館
外部リンク:別府市中央公民館の復元に向けて(PDF)


